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コミティア120&展示のお知らせ


お久しぶりでございます。
デザフェスが終わって以降、しばらく腑抜けて過ごすだろうと思っていましたが、
思いのほか、意欲的に創作できています。

というわけで、お知らせをふたつ。

☆コミティア120にて新刊漫画短編集が出ます!

久々のコミティア。
とっても懐かしい気持ちです。

漫画を出したいと地道にがんばったおかげで私にしては珍しく、早めに仕上げることができました。

A5サイズ 38Pに全14作の漫画と言葉を詰め込みました。
今までのいろんなアイデアを込めた本です。
内容には自信あるのでぜひ買ってね。
価格は500~600えんの予定・・・・まだ迷ってます。

以下イベント概要
コミティア120
2017/5/6(土)11:00~16:00
東京ビッグサイト
スペース番号 さ43b
(お隣はとてもかわいいイラストを描かれているはちかさんあめさきさんです!)
入場にはカタログ代1000円がかかるようです。カタログが売切れたら入場フリーになりますがご注意ください。

もちろんイベント後、本を通販する予定です。


☆5/3~5/24 展示「Underpops」に参加します!

「アンダーグラウンドでもポップでもない」がコンセプトのグループ展です。
おそらく私はピンク色の黒歴史の表紙絵を展示することになるかと

雑貨店内のギャラリースペースということで、在廊などはないのですが、
物販も出す予定だし、ほかの作家さんの作品もありますし、期間も長めなので
ぜひ足を運んでいただければと思います。

みなとみらいのショッピングモールの中なので、横浜観光やお買いものついでにもいいですね!
ゴールデンウィークだし
神奈川方面で、コミティアに来られない方は、新刊こちらでも置く予定なのでよろしくお願いいたします。

以下イベント詳細。
◆会場
MERRY ART GALLERY別館
〒231-0001
神奈川県横浜市中区新港2-2-1
横浜ワールドポーターズ2F COLLECTION MARKET
http://www.yim.co.jp/shop/2f078.html

◆展示期間
2017年5月3日(水)~24日(水)
※最終日は17時まで展示。

会場のMERRY ART GALLERY別館様のツイッター
https://twitter.com/BK_MERRY_ART

underpops展示ツイッター
underpops


そのほか、幸福なことに今年は色々な展示等お誘いをいただいております。

あっあと、放置しまくっていたというか存在も忘れ去っていたホームページをちょろっといじりました。
名刺にも載せるのをやめたくらいですがやはり作家として何かしらまとまった場所がないのはまずいとおもいました。
ホームページ

今後告知していけたらと思います。やるぞーーーーー
表紙告知用

目次告知用

アーティズム&きゅーえっくす5ありがとうございました


お久しぶりの更新です。
そもそも創作活動自体をかなりしてなかったので。。。

しかしやはり、きちんと残していかないとだなあと昔の自分の記事をみて思ったので活動報告しようとおもいます。

6/18(土)
アーティズムマーケット

アングラ即売会という触れ込みもあり以前から気になっていたイベントです。
思い切って参加して良かったです。

なにしろ雰囲気がすごい!ゴス、ロリータ、パンク、サイバー、和風から着ぐるみまで 参加されてる方のファッションやスペース作りからかなり刺激になりました。

当日のスペース。


今回は新作グッズとキャンバスネックレスをたくさん作れました。

お手にとってもらえて初めましての方も増えとても幸せでした。
アーティズムへの参加は今後未定ですがまた是非参加したいと思うイベントでした。

6/24~7/3
きゅーえっくす5

早いものでもう五回目です。
アートコンプレックスセンターにて90年代生まれのグループ展

展示風景






ひさびさにアクリル原画を展示して、以前と作風がかわったと自分でも思うし、すこしでもパワーアップしたところを見せられたかなあと思います。
作品も10点出せたので、昨年1点しか出せなかったくるしさをなんとかできたかなあと。

今回は初参加の方もたくさんおり、何日か在廊できたので、作家同士、お客さんと、色々な話をできて感謝しております。

ただなによりも少しノスタルジーです。なぜかってきゅーえっくすという展示は私の創作人生のはじまりの場所です。

五年前、なにもわからずただ展示がしたい、創作の人々と触れたい、世界を知りたいと思い、飛び込むようなつもりできゅーえっくすに参加させてもらい、90年代生まれという同世代のパワーを感じました。

はじめて見た東京、はじめて見たギャラリーに展示される絵、はじめて見た絵の世界で真剣に取り組む人たち。

とてもとても心に刺さり、あの感覚が忘れられず、これまた飛び込むつもりで、二回目のきゅーえっくすの頃には東京に移り住みました。

なにも知らない東京で、唯一知ってたきゅーえっくす初回の開催地、高円寺に。

きゅーえっくすを起点に、展示やイベント にたくさん参加するようになり 、人とのつながりも広がり、ありがたいことに好きだと言ってくれる、見てくれる人も増えました。

一時期、まったく絵が描けないときもありました。先ほども書いたように昨年はきゅーえっくすにも旧作一点のみの展示しかできず。あの頃は創作に関するなにもかも、ツイートも大好きなひとの絵ですら見るのがいやでした。

そんなときを経て、五回目の今回。

少しは描けるようになって、私の新しいあゆみを進められていけそうと感じていますが、まわりのひとたちも変わっていったようにおもいます。

きゅーえっくすは今回がおそらく最後になるのではとのことです。五回という節目のとき。作家さんも社会人の方が多くなり、90年代という若さの世界から、より深いところ へ向かっていくんだなあと強く感じされられました。

いつかみんなもわたしも絵を描かなく描けなくなってしまうかもしれない。
大人になるってこわいなっておもってたけど、もはやそうとも言ってられないくらい自分もまわりも大人を受け入れつつある。

いつか描けなくなってしまうとしても、わたしはあと少し、もう少し描いていたい。描けるならだけどね。

絵を描くために働いていたとおもったけれど、今は働いてるから絵がかけるのかなっておもう。そんな立派な人間でもないけど、描けなくなったらそれはそれでいい。私には創作しかないと思っていたけれど、今はちょっとだけちゃんとやれるようになったから。


★告知

上記イベントで出したグッズを七月中限定通販にて販売しております。
ぜひチェックして下さいね



http://monokokko.cart.fc2.com/



お弁当のはなし

お弁当ってなんかとても好きだ。

小さい空間に彩りやバランスを考えられてぎゅっと詰まったおかずたちをみるとたまらない。
冷えたごはんにふりかけや梅干し。たまに缶詰めの赤いチェリーやいちごを入れてもらうととても豪華な気分になった。あとはサンドイッチのお弁当に憧れてみたり。

たった数個のほんの小さな唐揚げとか卵焼き、おかずのひとつひとつが大事に思えてくる。時間のたったおにぎりの海苔とお米がしっとりしたあの感じとか好きだよ。

あとはお弁当の日にカバンから漂うおかずのにおい。授業中にふとした瞬間かいでしまっては今日はなにかなと思ったりして。

宝箱におもちゃのおまけやきれいなガラスの欠片を集めてあそんだ、そんな記憶にも似ているお弁当。

高校生のときはお弁当の時間が大嫌いだった。親が忙しく中学生のときですら学校を休まず給食食ってこいと言われるような家庭だった。高校入学当初はみんながお母さんの手のかかった綺麗なお弁当をもってきてた。うちの母親だってもちろん作ってくれていたけど、当時の子供だった私はそのありがたみよりも周りの目ばかり気にしてた。おにぎりだけのお弁当を食べていると陰湿な女子がおかずなくて足りるのー?とか聞いてくる。死ねよって思ってたよね。

そもそもお昼の時間お腹がすくというだけでわざわざ食材を調理し、詰め、冷まし、包んで、忘れずに重たくてかさばっても持って行く、食べたら容器を洗って乾かしてまたつぎの日に詰める。お弁当ってじつはとても贅沢なことかもしれない。
一時期はお昼の時間が苦痛なあまり食べたくもなくなっていたけど食べないわけにもいかずそもそもたべること自体はとても好きなので便所飯ならぬ美術室飯をしていた(美術部だったので部室にひきこもっていた)


今、私は一人暮らし。会社につとめて、できる限り弁当をもっていってる。
内容は簡単な、焼いただけで入れられるものや出来合いの冷凍食品をつめるだけのものが大半だけど、お弁当の精神の安堵ははんぱない。作っておけば迷わなくていいのと、あとかなり安上がりで済むことがとてもいい。
同じくらいの値段だとしてもコンビニでカップラーメンを買った日よりもお弁当の記憶に触れられる日のほうがすこし落ち着く。


一時期、全く絵を描いていないときがあった。そのときは毎日のお弁当をとても凝って、おかず六品等作っていた。私にとってお弁当とはある種の創作であったのかもしれない。

お弁当のつめたいごはんと、あたたかく吐きそうになる思い出に包まれたまま、死んでみたい。そんな絵を描いたので展示するのがたのしみです

ハムスターにまつわる思い出

はじめてハムスターを飼ったのは小学四年生くらいの頃だったと思う。

友達の家で生まれた、まだ小指くらいの大きさのジャンガリアンのメスをもらった。

当時はハム太郎とか、ハムスターのキャラクターが今よりも流行っていたように思う。
もともと生き物は好きで、昆虫や魚なども捕まえるのが大好きだった。

どうしてもハムスターが欲しかったし、買ってはもらえないことはわかっていた。だから沢山生まれて困るのという友達の家から、親に言わずに内緒で貰って帰ったのだ。

ダンボールにハムスターを入れてずっと眺めてた。嬉しかった。
当然夜になって親が帰ってくるとすぐにばれた。怒られると思っていたけど、あまりの可愛さに結局ケージや回し車など揃えてもらえることになった。その時、私も飼いたかったけど言い出せなかったのにずるい、と姉は感じてたらしいことをあとから聞いた。

その子は今まで飼ったハムスターの中で一番懐いたし一番長生きした。正直小学生の私からしたら相当もてあそんでいたのに。ポケットに入れて学校に連れて行ってしまったことすらある。転校の時に車に乗せて引っ越しもしたのにそれからも生きた。

逃げるように引っ越ししなくてはならない状況だったので、勝手にハムスターのケージが車に積まれていく様子を見て絶望したことを覚えてる。

まだハムスターを飼う前、休日に公園に母親に連れ出され、ハムスターがいればさみしくない?って聞かれたことを今思い出すと、自分の代わりにハムスターを買い与えて家を飛び出すつもりだったらしいと考える。

初代ハムスターが死んでからも何体も飼ってきたけど、それから飼う子はみんな慣れないしすぐ死んでしまう子ばかりだ。

そういった数々の思いでもあいまって、私の中でのハムスターはくるおしい幼少の頃のトラウマとさみしさと遊び心といろいろな感情を刺激させる。

ハムスターを見ると殺したいくらいいじらしい愛おしい気持ちになる。

ハムスターは毛の生えた金魚、という表現を見たことがある。もっともだと思う。
愛くるしいけど人に懐かない。かろうじて慣れるだけで、実際観賞用のほうが適してる生態で、頭も良くなく、捕食対象にすらなりうるし、そのわり温度やストレスに弱くてすぐ死ぬ。

ひねくれた愛し方しかできないのは私がひねくれてるからでハムスターはなんら悪くないけど、私はそのハムスターの存在の軽さが好き。(命が軽いといいたいわけではないけど)

犬や猫なら、それはもちろん、知性もあり、喜怒哀楽もあり、毛並みや種類も豊富で、家族として愛する人がたくさんいるのを知っている。

でも私には重すぎる。家族、パートナーとしての重たい存在を動物に預けることができない。動物なのに人間同然に愛してしまうことで、ゆがんだ私の愛情神経ゆえにどこかで狂ってしまうのが怖い。

かまってほしければかまってあげる、叱る時は叱ってしつけ…とてもできる気がしない。

ただただ生きるのに必要な世話をし本能のままに短い人生を狭いケージの中で終えるハムスター程度の存在は私が勝手に愛していればそれでいい。これぞペットとして私には可愛がり方があっている。

一人じゃ生きていけない私がいなくなったら死んじゃう、危ないだけなのに脱走したがるいじらしい小さな命。その存在を自分の生活にちょっと楽しみを添えたいがためのエゴの塊として征服して当のハムスターはそんなことも理解していないこの一方的だけどうまくいった関係がとてもよい。

もちろん懐くことがあれば嬉しいし可愛がりたいしちゃんと世話をしたい。でも、その大前提があったとしてもどこか加虐心とトラウマと愛憎をくすぐる、ちっちゃな生き物が可愛すぎてたまらない。かわいいって言葉とかかわいそうって言葉はじつは相手を最高に見下してる自信があるから言える言葉だとおもう。だから、ハムスターが一番可愛い。

不幸フェチというどうしようもなさ


自分のことを「不幸フェチ」と言い張ってるときがある。

不満になりたがり。不幸でありたがり。わたしの人生はドラマはわたしのもので、わたしが主役だからわたしの見てきた記憶わたしの感じた痛みやつらさわたしわたしわたし

もはや不幸であることがアイデンティティになってしまった、不幸でいないと不安になるというどーしょうもない構図、不幸フェチ。

そもそも不幸であることがなぜそんな大切なのかというと幸せがわからないからなのである。

自分にとっての幸せって感覚がよくわからない。というか幸せを知らない。幸せであったことがない。だから世間一般のいわゆる幸せというものを見せしめられると、それと比べてわたしはこんなに不幸なんだ、って思うことでしか自分のあり方を見つけられない。

わたしの人生ではだれもわたしにかわいそうって、がんばったのにって、つらかったねって、いってくれなかった。だからわたしが抱えてあげるしかない。不幸で不幸を忘れるためにもっともっとヒタヒタに浸かってたい。だから不幸フェチ。不幸なわたしを求めてる。

幸せがわからなかったし幸せになれなかったかわいそうなわたしだから不幸で麻痺させていることではじめてちょっと、しあわせ、から固執することが緩和される気がする。

思うに私は幸せに対して貪欲であった。貪欲だからすべての責任も自分で追うつもりでいた。その幸せへの得体の知れない理想の高さと意識の強さがねじくさって不幸フェチへと導かれた。

不幸フェチなんかでいるかぎり幸せにはなれないと思う。不幸フェチなんかでいること自体が不幸、というよりはわたしの人生だったりクソな生き様の集大成であるかのように思う。

しかしこれは病はない。だから不幸病とは呼ばない。フェチなのだ。性癖、なおるもんじゃない快感と後ろめたさと変態にどうしようもなくグチャグチャにまざりきったクセのような

かわいそぶりたいから不幸でいるのが最高にキモチイイ、ならずっと不幸でいればいい。だけど簡単に救われない人間だから、こんな脳構造になってしまったこと自体は人生の傷で痕跡で障害だと思う。なおんないからこうやってフェチなんて言葉でキモチイイ風にしてごまかし付き合い続けてくしかないだけで、結局のところ健全ないわゆる幸せの概念に振り回され続けているところがまたしても救いようがない。

幸せを感じる器官が全く育たなかったから、かわいそがってもらってかまってもらえてって方面でしか気持ちが安定しない。幸せがわからないことが何もかもの不幸だ。

以前よりは私は落ち着いていて、前よりは安定した仕事をしていて、美味しいご飯を食べたりする休日に幸福を感じる。それでなんとなく幸せを得られたと思っても、今度は創作ができなくなったこととか執着のなくなったこと、ギラギラしたパワーのなくなったことに悩みやモヤモヤを感じているばかりで、今まで不幸で精神のバランスを保っていた人間が今更人並みに幸せになりかけたところで簡単に未熟な幸せ神経が育つとも思えない。自ら不幸に身を投げ出しすべてを破壊したくもなる。この歪んだすべてが不幸フェチスパイラルがわたしの一生かかえていく人生の負の痕跡。

脳内が多動症である。貧乏ゆすりをするのは適度な振動が落ち着きをもたらすというがそれと同じだ。いつも脳を揺さぶって揺さぶってバランスをとっていたからたまに静かだとむしろ落ち着かない。落ち着いていることが落ち着かない。


アーティズムマーケットにそういえば行きました。見るなちゃんの服が買えて幸せです。次のコミティアに申し込みました。不幸のエネルギーで絵を描くのができなくなったなら、絵を描きたくてしょうがないくらいしあわせになれたらいいのに。不幸フェチで居続ける方がしあわせになるよりも簡単な気がしてくるから世の中はくそ。

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