スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お弁当のはなし

お弁当ってなんかとても好きだ。

小さい空間に彩りやバランスを考えられてぎゅっと詰まったおかずたちをみるとたまらない。
冷えたごはんにふりかけや梅干し。たまに缶詰めの赤いチェリーやいちごを入れてもらうととても豪華な気分になった。あとはサンドイッチのお弁当に憧れてみたり。

たった数個のほんの小さな唐揚げとか卵焼き、おかずのひとつひとつが大事に思えてくる。時間のたったおにぎりの海苔とお米がしっとりしたあの感じとか好きだよ。

あとはお弁当の日にカバンから漂うおかずのにおい。授業中にふとした瞬間かいでしまっては今日はなにかなと思ったりして。

宝箱におもちゃのおまけやきれいなガラスの欠片を集めてあそんだ、そんな記憶にも似ているお弁当。

高校生のときはお弁当の時間が大嫌いだった。親が忙しく中学生のときですら学校を休まず給食食ってこいと言われるような家庭だった。高校入学当初はみんながお母さんの手のかかった綺麗なお弁当をもってきてた。うちの母親だってもちろん作ってくれていたけど、当時の子供だった私はそのありがたみよりも周りの目ばかり気にしてた。おにぎりだけのお弁当を食べていると陰湿な女子がおかずなくて足りるのー?とか聞いてくる。死ねよって思ってたよね。

そもそもお昼の時間お腹がすくというだけでわざわざ食材を調理し、詰め、冷まし、包んで、忘れずに重たくてかさばっても持って行く、食べたら容器を洗って乾かしてまたつぎの日に詰める。お弁当ってじつはとても贅沢なことかもしれない。
一時期はお昼の時間が苦痛なあまり食べたくもなくなっていたけど食べないわけにもいかずそもそもたべること自体はとても好きなので便所飯ならぬ美術室飯をしていた(美術部だったので部室にひきこもっていた)


今、私は一人暮らし。会社につとめて、できる限り弁当をもっていってる。
内容は簡単な、焼いただけで入れられるものや出来合いの冷凍食品をつめるだけのものが大半だけど、お弁当の精神の安堵ははんぱない。作っておけば迷わなくていいのと、あとかなり安上がりで済むことがとてもいい。
同じくらいの値段だとしてもコンビニでカップラーメンを買った日よりもお弁当の記憶に触れられる日のほうがすこし落ち着く。


一時期、全く絵を描いていないときがあった。そのときは毎日のお弁当をとても凝って、おかず六品等作っていた。私にとってお弁当とはある種の創作であったのかもしれない。

お弁当のつめたいごはんと、あたたかく吐きそうになる思い出に包まれたまま、死んでみたい。そんな絵を描いたので展示するのがたのしみです
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。