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ツナガル世界、性。


「性的なるもの」。


それらにわたしは、いつだってふりまわされてきた。

そもそも、わたしの誕生そのものも、性であり、性があったからこそのことで。

また生まれたそのときから、問答無用で性を抱えさせられていること。

前回の記事でも書いた。

うまれたときからおんなのこ。
ううん、うまれたときからまんこがあるだけ。


ヒステリー、という言葉は、子宮、を意味する言葉から由来している。

そうだからうまれつき、子宮でまんこでおんなだから。狂気を。パニックを、からだに秘めているというこの、、、、


とかそんなことをつねに思いながら電車にのっていたりする。

見渡せば様々ではあれど、しょせんいろんな形の男、女、おとこ、おんながひしめきあっているだけである。

性の世界とはわたしにとって、日常から隔絶された、特殊な、それこそにんげんのなにもかもがはだかの無防備の、異空間であるとおもっていた。

だからこそ、高速道路に現れるラブホテルの看板にワクワクした。駅で甘ったるくいちゃつくカップルに吐き気がした。アダルトショップに入るのもいちいち恥ずかしがってみたりした。知り合いの性の話はどんなものであってもショッキングであった。


性は表立ってだすものでもないし、でもどこかに確実に営まれて。その秘密裏のパワーとひそやかさに惹かれていた。かくさなくてはいけないはずのもの。なのにそこまでしてやったりやられたりしている、得体のしれない引力。面白いとおもった。性に関しての絵やツイートが増えだしたのはそんなときだった。


わたしが、性を異質な、非日常だととらえていたのは、ある意味で性をなによりかけがえなく、とくべつに、たいせつにおもっていたからだ。
それだから、しあわせ、をそこに重ねたり、傷ついたり、あと、日常にとつぜんとして性が現れるとそれは、わたしにとって交通事故のような。あまりに衝撃をもたらすのだ。

ひそやかで、スリルで、ショッキング。とっても興奮で、とってもくるしかった。

だって、そんなにそんなに。わたしの脳に体に心をダイレクトに揺さぶるほど。だいじなとくべつなことだから。

麻薬に手をだすような、いけない性衝動、と、内側でくすぶる、だいじでピュアな性願望。

そうわたしは、歪みすぎるほどにピュアだった。純粋だから、どこまでも性は重たくなった。

だがしかしだ。性なんて、たいしたことじゃあないのだほんとうは。

どこにだって性の気配はあって、みんな素知らぬ顔で歩いてる。きたないのも、純粋なのも、わたしだけだと思ってくるしんでた。ううん、性だから人間で、人間だから性だった。みんな。みんな。

そんなにだいじにするようなもんじゃない、そういうもんだ、ってみんな本能的に区別して、当たり前の性を。あたりまえにまっとうし、消費している。

たかが性。性の世界。なんにもとくべつなんかじゃない。ピュアな夢物語でも、トリップ空間でもなくて。ほんとうはピンクの霧よりも、灰色のゴミ捨て場を見て目をそらすときの感覚がにあうような、なぁんでもない。ただのただのただの、しょせんの、、、、、、


じゃあさ。どうしろというのだ。

ぬぐっても、なにもかもふさいでも、どこかしこに性のにおいがあって消えない。生まれたときからしばられているのに。解放されない。

どうせ消えない。なら、とくべつに大事にして、たのしんだり利用したりえがいたりすればいいのだと思ってた。だから考察したの思考したの、不快と思われようと言ってえがいたの。

だけどなんでもない性をなんでもなくあつかっている人々が、なんの考えもなしになんでもなく私の思考をからだをこころをむさぼって、そのうえ、そうしているほうが結果、ほんとうのかけがえのないたいせつな性を、てにいれていく。


このせかいはいつだってそうだ。性のことだけじゃない。すべてをだいじになんてむりで。なんとなくをうまくこなせるひとが最後にはだいじにされる。


表現はわたしを、わたしの性を救うと思ってた。ううん、どうせたいしたことでもないので、そんなものをえがいたところでなにも伝わりません。

性の世界は日常とあたりまえにつながっている。わたしは日常を生きられなかった。だから。きっと、もうどこにも、

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